一人将棋に付いては、改めて説明する必要はありませんが
一人将棋の手法をもって、この事件は現在の状況が創られたとも言えるのです。しかし、現在の状況進行しなくても、
事件そのものは、起きた可能性もありますので、予めお断りさせていただきます。一人将棋は誰が行っていたか?と言えば、
トヨタが私とのヤリトリの中で行っていたのですが、完全な一人将棋でもなく、トヨタの対戦相手がGLAや私の親族又は、
幸福の科学であったものは一人将棋とは云えません。
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対戦相手が私であったものについて述べれば、私は次の指し手を
当時の勤務先であった、オハラ樹脂工業大府工場の従業員達の様子や雰囲気から状況を察知して、トヨタにイエースか?
ノーか?は姿勢や態度で通知することができたのです。しかしその内容については、言葉が使用できないのだから通知はできません。
例えば、次のては王手にされる手でも、防ぐ手があればノーとは言えないのです。しかし実際に指す人が防ぐ手に気付かねば、
王様は取られてしまうのです。
04
又、私の対戦相手がトヨタ以外になった場合は、上記手法により
私の指し手を掌握ものとして、トヨタが私の立場を代行して、指していたものと推測するより仕方ありません。成り行きについては
傍観せざるを得なかったのです。事態が現実の創りだされた状況を引き継ぐとなれば、一人将棋の手法で指された手の部分についても、
責任を負わざるを得なくなるのです。このようなバカげたことは、到底受け入れられるものではありません。
ノーと顔つきで表現してものについては、警告だったか?単なる私の言い分だったか?(良かれと思っておこなったことか)は、
責任の帰趨が全然異なるのです。
06
又、トヨタ、GLA、私の親族、幸福の科学間で相互に指された
ものについては、私は干渉する余地が無かったのですが、全く責任は無いものと思います。私に関連することも、
一方的に無視されたか?その他の手段が有ったのか?は直接指している人達の問題です。私には責任がないのです。
そもそも私の手を、代行しなくてはならないなどと云うことが、おかしいのです。唯、傍観する状況について、私は、
示唆や警告は出来ても、具体的なことは云えないのだから、言い換えれば、私の言動の一部を取り入れられても、
それは無意味と云うことです。
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しかし、こちらから、カクカクシカジカに行ってくれとは
外部のいずれに対しても言えないのですが、その反対は出来ると思います。(自己の都合ではなくて道理、筋道として、
私の立場を擁護すること)勿論、当方からでも、言えば言えますが、不当なものだとして、肩すかしを食わされても、
何の反論もできないのです。証拠を持っていない者に、話を切り出させることは、道理に反しているから、肩すかし、
その他不愉快なことが自由自在にできるのです。
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国が事件の存在を認めないことを逆手に取って悪利用して
いるのではありません。正当防衛の範囲内のものなのです。いずれにしても、(良いも悪いも)当事件は、
トヨタを抜きにしては語れないのです。
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