的外れな言い分かも知れない6題




(1)当事件に関連して、このままの状態が私の死ぬまでつづけば、功績の件は
代理で扱うことになります。管理権の譲渡が仲介できる者は、家族しかいないと思います。管理権を譲渡する場合のアドバイスや手助けするものは、 幸福の科学になるのです。特定個人を対象にしても、公の権威を対象としても幸福の科学がキーポイントを握ることになります。いわんや、 幸福の科学の直接管理は私の本意とするところでありません。あのノウハウは、公けの権威しか管理すべからずものなのです。このままの状況で私が死ねば、 家族もろとも世間の批判を浴びることになるでしょう。善処するなら私が、生きている間でしかできないと思います。

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(2)悟りとは、自我を捨てた状態であると、主張したい人もいるかも知れません。
しかし、一般的には自我を捨てることは不可能と思います。人間として不可能なものであるなら、克服して無くなったとすることは欺瞞なのです。 現在では、自我を捨てることが可能か?どうか?を客観的には判断することはできないのです。主観的な判断に任せるしかない概念なのです。 客観的に判別できない以上悟ったと主張する人を、一応受け入れてみることも間違った行為ではないのです。しかし、正当な自我は、やはり、捨てるべきことではなく 護るべきだと思います。

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(3)国の宗教の管理に携わる人達は、特定の団体に関して、理念や教義に
欺瞞があると、他人が判断するのを待つのではなく、自ら判断していただかなく必要があります。理由は、一般人なら不可能なことでも、 大義名分を背景にできるのだからです。ハメられた、結果論で判断しても、騙されたで十分通用すると考えられます。認定の原点を押さえれば、 どうと言うことはないのです。

f2 私書箱/私設私書箱

(4)人質は外からでも護ってもらう責務があります。何から護るか?と言えば
想像できるものとして、不本意な婚姻話や贖罪を名目とした喜捨、その他不法な説諭からです。当ページに記した内容は、私が、家内もしくは 家族を完全に納得させるためには、やむを得ないものなのです。対話による直接の説得は、事件が存在しないとしている以上不可能なことなのです。 人質の件は、多分大丈夫と見込んでいるだけで、安全だ、などとは思ってはいないのです。安全なら人質に「全てを話せ!と」言えるのです。 最後までヤルしか仕方がないのです。相手も最後までヤルことに関しては同じ気持ちでいるのです。

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(5)家族は私の「使命感の犠牲ななるのか?」と云う言い分が立つのです。
ですので、GLA高橋佳子の国家公安への謝罪勧告は私の責務になるのです。謝罪したとして、謝罪した後のことは私の関与すへきことではないのです。 確認ができない以上、確認できるまで、謝罪はないものとの前提の上に立ち謝罪勧告を、根拠をもってつづけるしか仕方がないのです。 但し、国の公安当局が、謝罪を受け入れない場合も考えられるのです。いずれにしろ私としては、このままの状態をつづけるしかしかたがないのです。  

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(6)私は、特定宗教組織の教義内容について、国に検証することを
推奨している者です。したがって、それなりの結果さえ得られれば、プライバシーの侵害は問うことはできないものと思っております。事件解決に関して、 公安当局に対して無理なことは、以前も現在も言ってはいのです。過去のものに関しては結果が得られなかっただけなのです。トヨタ方式に関しても、 後から不法行為として質すために、前もって否定すると云う手法もあるのです。汚いヤリかたなのです。ここが双子のワニと云う意味です。 私は否定はしておりませんので、後から質すことは致しませんし不可能と思っております。

 
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