「むらさめ」と云う刀のうたい文句は「人は切っても血は残さない」
とのことです。後腐れは残さないと云う意味です。通常人は、頭から神を信じることは危険です。信じるだけならよいのですが、
信じて危険な行為や野暮な行為をしてはいけないのです。マインドコントロールはそのような間違いも起こすのです。神を信じるには、
神と一体にならなくては不可能と思います。人間である以上神と一体になることなどできないのです。但し、さしたる宗教心の知識など追及した経験もない者が、
神を信じても一向に支障はないものと思います。敢えて言うなら神を信じるのではなく祈るものなのです。(祈ればよいのです)
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他方、神を信じるには、その基に信がなくてはできないことなのです。
信を捨てた者に神を信じる資格はないのです。信とは己の良心を信じることであり、神につながる糸は良心の中にあるのです。
良心を捨てた者に神を信じる資格はないのです。私は謝罪は神にしますが、(守護霊に詫びても結局は神に謝罪することになる)感謝は神には致しません。
謝罪と感謝を繰り返せば神と対話を持つことになるからです。例えば、この賜物は神の贈り物だなどと想うことです。悪魔と対話しても解らなくなるのです。
悪魔は現象利益に乗じてくるのです。したがって、神と対話するうな資格はないと思っているからです。感謝は守護霊に致します。
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