当事件に関して公安当局に責任を追及したいのは、ヤマヤマですが
公安調査員が一人や二人で、掛け持ちでアチラ、コチラを調査していれば調査官自体が潰れる可能性があるのです。国の責任のみを追及していては駄目なのです。
調査官がつぶされるようなことは、強大な権力が関与している証なのです。しかも、見掛け上、具体的調査対象が、複数存在して互いにいがみ合い、
係争している状況の中では、足を取られたのではないのか?と疑いが生じます。一人や二人リで、正確な調査ができる分けはないのです。中途半端な調査は、
外見的には私が潰しているかのようにも見えるのです。この際大量の人員を動員しても、徹底的な調査を望みます。誤解を受けることは承服できません。
当ページに記す内容は、現在進行形で記しているものですが
私には、想像、推測はできても真相を知る術がありません。したがって、できるだけ多くの方々に真相を確かめていただくことを目的としたものです。
さもないと、単なる空想物語にとして、処理されかねないのです。又、司法解決が無理ならば、行政で解決してもらわなくてはいけないのです。
私の言い分、見解は、行政解決には必要不可欠なものなのです。ご意見などがありましたら、公安調査官に、言ってもらうしか仕方がないのです。
何分にも私は、証拠を持ちませんので真相が明らかになる以前は確定的なことは何も言えないのです。
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事件が事件に進展した基本的な要因は、豊田英二による
「オレが関わった以上、お前の言い分は聞くだは聞く」の見解が間違っていたことによるものです。ウラで関わった以上慈悲として「聞くだけは聞く」
などの想いは、傲慢以外の何物でもないのです。自ら不当な行為を行っておいて、慈悲を施したなどと通常人なら想えることではないのです。
ウラで関わった以上「聞くだけは聞く」のではなく、責任を遂行しなくてはいけなかったのです。不都合が生じたから御破算にできる責任ではなかったのです。
勿論、御破算にしても差し支えないのですが、御破算にすれば、別の責任が生じるくらいのことは、解らなくてはいけなかったのです。
不都合になれば何時でも「御破算にできる」との身勝手な想いが事件をこじらせたと云うことです。
弘法大師の生まれ替わり云々は、私とGLAの問題なのです
トヨタの「責任の是非」には関係ないのです。別問題なのです。「弘法大師の生まれ替わり」であっても、なくても、無断で関われば責任が生じるのです。
さらには、幸福の科学が、腐匂?を嗅ぎつけて、私に「霊的規則に反する行為があった」として、そのことが原因で、上記「不可思議な現象が起きた」とされれば、
豊田英二の独善的な想い、即ち、「弘法大師の生まれ替わり」と云うことと、ウラで勝手に関わった責任は、別問題ではなく、因果関係があるから起きたことになるのです。
霊的因果として働いたことになるのです。以上も推測になります。しかし、事実ならば、結果として、幸福の科学の提唱する霊的規則が成立すると云う、
さらなる見解と解釈を呼び込むことになるのです。
2007年05月27日⇔「公安調査官が潰されてしまう」より
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